読書感想「星々の舟」

新幹線の発車時刻が迫った駅の本屋というシチュエーションがなければ、直木賞受賞作であることをを手がかりにしてこの本を購入することはなかったかも知れません。村山由佳の作品は (自分よりももっとずっと) 若者向けだと思っていましたから。 ところが短編にでてくる登場人物はほとんどが 30歳以上。良い意味で裏切られました。

本書はひとつの家族を中心としたつながりのある短編の連作といった構成になっています。 全編を通して悲しく切ない雰囲気がついてまわりますし、禁断の恋、不倫、いじめ、戦争等とそれぞれの短編のテーマも重いものになっていますが、さらりとした文章は必要以上にそれぞれの人物の不幸さを強調することがなく、説教臭い物語になることもありません。 形式的には不幸な話なのでしょうが、あとがきや作中に出てくる「幸福とは呼べぬ幸せ」だとか「どこかに一条の光が射すような終わり方」という言葉に納得できる内容となっています。 「博士の愛した数式」を読んだ時の読後感に似ているような気がしました。

特に感じたのは登場人物の年齢設定がちょうど良いということです。 妙にしっかりした10代や 20代の若者が出てくる小説は多いですが、本書の登場人物はそれぞれが積み重ねた年齢の分だけ何かを選んで何かを捨てていかなければならないことに悩みとまどっているように見えます。そうした彼らに私は親近感を持てました。

暁と沙恵に何故区切りがつけられないのかと怒ってみたり、重之の妻たちへの思いを男の身勝手と切り捨ててみることは簡単かも知れませんが、それを言い始めたら小説は成り立たないのです。作者が説得力を感じさせられるだけの描写をしたかどうかという問題でしょう。 自分の体験と重なるからか、日本家屋とその庭、そして庭をつくっていく母の描写やお墓参りの描写にひどく懐かしさを感じてしまいました。

作者は「いいの、気づかなくても」と思いながら書いている部分もあるそうですが、少なくともこのインタビューの中のアドレス帳の件は多くの人が気づくような気がします。

それなりに本は読み続けていたわけですが、その中で久しぶりに読書エントリを書いてみようという気になった本でした。