MYUTA 訴訟の判決文を読んでみよう

全然勉強の進んでいない著作権法ですが、話題となった判決があるのでこれの判決文を眺めてみました。 MYUTA 訴訟 (平成18年(ワ)第10166号) の判決です(判決文別紙)。 裁判官が一太郎の判決で有名な裁判官ということはありますが、先入観を捨てて判決文を読むとネット上のもろもろの記事は、判決文が出る前に書かれたものが多いこともあって的をはずしているものが多いように感じられます。 もちろん (主に専門家による) 的を射た記事もあるのですが、判決文を読むことでそのような記事の理解も更に深まります。 そこでこの判決の内容を簡単に整理してみたいと思います。

ことの経緯は、イメージシティがユーザ手持ち楽曲をサーバ経由で携帯電話に転送できる MYUTA の試用サービスを提供していたところ、JASRAC より著作権法違反の指摘があったため、試行サービスを止めた上で著作権侵害に当たらないことを確認するために訴訟を起こした、というものです。イメージシティはサービスの有償化を予定していました。

さて、裁判所の判決の概要です。

  • インターネットを経由してアップロードされた 3G2 ファイルをサーバのファイルシステムに複製する行為 (=先の「別紙」の説明図中④の過程における複製行為、以下「④」とは説明図中の④を指す) の主体は原告(=サービス提供者)であり、原告はサービス提供により管理著作物の複製権を侵害するおそれがある
  • 送信行為の主体も原告である。ユーザは原告にとって「公衆」であり携帯電話への 3G2 ファイルダウンロードは自動公衆送信行為に該当し、管理著作物の自動公衆送信権を侵害するおそれがある

つまりこのサービスは複製権と自動公衆送信権の侵害にあたるという判断ですが、この2つについて個々に見ていきます。 まず複製権の話について見てみます。 ④の複製の主体を MYUTA のユーザでなく原告だと認定しているのですから、私的複製云々は関係ありません。 判決文中に④の複製の主体が原告だという判断の元になった6つの事実が示されています。

  1. 原告の提供しようとする本件サービスは,パソコンと携帯電話のインターネット接続環境を有するユーザを対象として,CD等の楽曲を自己の携帯電話で聴くことができるようにするものであり,本件サービスの説明図④の過程において,複製行為が不可避的であって,本件サーバに3G2ファイルを蔵置する複製行為は,本件サービスにおいて極めて重要なプロセスと位置付けられること
  2. 本件サービスにおいて,3G2ファイルの蔵置及び携帯電話への送信等中心的役割を果たす本件サーバは,原告がこれを所有し,その支配下に設置して管理してきたこと
  3. 原告は,本件サービスを利用するに必要不可欠な本件ユーザソフトを作成して提供し,本件ユーザソフトは,本件サーバとインターネット回線を介して連動している状態において,本件サーバの認証を受けなければ作動しないようになっていること
  4. 本件サーバにおける3G2ファイルの複製は,上記のような本件ユーザソフトがユーザのパソコン内で起動され,本件サーバ内の本件ストレージソフトとインターネット回線を介して連動した状態で機能するように,原告によってシステム設計されたものであること
  5. ユーザが個人レベルでCD等の楽曲の音源データを携帯電話で利用することは,技術的に相当程度困難であり,本件サービスにおける本件サーバのストレージのような携帯電話にダウンロードが可能な形のサイトに音源データを蔵置する複製行為により,初めて可能になること
  6. ユーザは,本件サーバにどの楽曲を複製するか等の操作の端緒となる関与を行うものではあるが,本件サーバにおける音源データの蔵置に不可欠な本件ユーザソフトの仕様や,ストレージでの保存に必要な条件は,原告によって予めシステム設計で決定され,その複製行為は,専ら,原告の管理下にある本件サーバにおいて行われるものであること

いわゆる普通のオンラインストレージサービスと異なるのは、クライアント側に専用ソフトウェアをインストールすること (3、4) と、個人が携帯電話に曲を転送するのは簡単でない (5) というところだと思います。 ですのでこの判決だけで全てのオンラインストレージサービスが違法になったというのは言い過ぎですが、 ここで問題となっている複製行為はファイルをアップロードする際にサーバのファイルシステムに書き込むことを指しているわけで、クライアント PC で行われる 3G2 への変換処理を指しているわけではない点に注意が必要です。判決ではクライアント PC での処理については言及していません。つまり適法とも違法とも判断していません。 携帯電話への楽曲転送が難しいのであれば、HTML の文法チェックも難しいと判断される可能性があるだろう、との見解もあります。

次に自動公衆送信権について見てみます。 まず、送信行為の主体ですが、④の複製行為同様、判決では携帯電話へのファイル送信行為も主体はサービス提供者としています。判断の元となった事実はユーザソフトに関するくだりを除いて複製のところで掲げたのと同様のものが並んでいます。

続いてユーザが「公衆」にあたるかですが、 問題は送信する行為を音楽ファイル個別に見るのか、サービス全体で見るのかという点です。 判決では以下の通りサービス全体で判断して、例え認証により音楽ファイルをユーザに紐付けたとしても、 サービス提供者にとってユーザは「公衆」にあたると判断しています。

なお,本件サーバに蔵置した音源データのファイルには当該ユーザしかアクセスできないとしても,それ自体,メールアドレス,パスワード等や,アクセスキー,サブスクライバーID(加入者ID)による識別の結果,ユーザのパソコン,本件サーバのストレージ領域,ユーザの携帯電話が紐付けされ, 他の機器からの接続が許可されないように原告が作成した本件サービスのシステム設計の結果であって,送信の主体が原告であり,受信するのが不特定の者であることに変わりはない。

形式的には送信行為の主体をサービス提供者とするとユーザは「公衆」に当たるようにも思えますが、 専門家の批判には公衆送信はファイルごとの観念ではないかという指摘があります。 判決では「受信者は不特定」としていますが、これは誰でも所定の手続きを踏めば MYUTA を利用できるということを指しています。 蛇足ですが、著作権法上は「特定かつ多数の者」も「公衆」となりますので、 サービス全体で論じてしまうと、ユーザは「多数の者」であることは間違いないので不特定かどうかはあまり意味がなくなります。

著作権法の趣旨云々についてコメントはしません/できませんが、 判決の内容を理解せず的をはずした批判で不当な判決と断じている記事が多く、 あまつさえ裁判官個人へのバッシングにつながっている状況はまずいと考えます。 裁判官は法令に従って判断を下すだけで、法令を変える権限を持っているわけではないことに注意が必要です。 本エントリが多くの人の判決の理解につながればと思います。